どんなに良いプロダクトでも、その「届け方」が適切でなければサービスのスケールは難しい。
スタートアップの機運が高まり、数多のプロダクトが日々リリースされる中で、ユーザーに利用してもらいサービスを軌道に乗せることができるのは一握りの企業。
GMO VenturePartnersでは、関与先ベンチャーに最速で成長して頂くための一環として、各テーマごとに成功体験を持った投資先社長や専門家を講師として迎え、投資先限定のクローズドな勉強会を開催している。
今回の勉強会では、フリーランスで数々の著名企業の国内PRとマーケティングを担当し、PRをという立場からEvernoteというプロダクトのユーザー数を8倍に伸ばした上野美香氏にお話を伺った。
■ユーザーへ”直接”届けるために口コミが伝達しやすい環境を醸成する
GMO VP:まず今回の講師を務めていただくEvernoteでPRとして活躍されている上野美香さんです。簡単な自己ご紹介をお願いいたします。
上野: 現在、Evernoteというクラウドサービスの会社でマーケティングと広報を担当しています。もともとはシステムエンジニアとしてキャリアをスタートさせ、その後、機会があり、フリーランスとして独立し、IRとコーポレートコミュニケーションをやりました。
そこからIR専門でやっていたはずなんですけれども、IT業界の上場前の比較的規模の小さい会社のご支援をすることが多かったので、IRから徐々にPRのほうにも近づいていき、製品や会社の紹介などもするようになりました。数社でIR・PR・マーケティング関連の仕事をするうちに、Evernoteではフルタイムの仕事をすることになりました。
GMO VP:有難うございます。これまで、また今のお仕事についてご紹介いただけますか?
上野: まずEvernoteですが、世界中で1.5億ユーザーの方に使っていただいております。日本では800万ユーザーになりました。私が入社したのは2011年で、その当時は100万ユーザーくらいでしたので大体8倍くらいに成長しました。
実際に何をやっているかといいますと、マーケティングと広報を兼任しております。マーケティングのところは、1番基本になるのは製品と情報のローカリゼーションです。製品の日本語化、発信する情報の日本への最適化。それに伴ったコンテンツマーケティングとコミュニティ形成、アンバサダー制度などを立ち上げました。広報に関しては、自社メディアを使った情報発信、ソーシャルメディアを使った情報の流通とユーザーとのコミュニケーションの場の形成です。
元々Evernote(本社)では、このサービスは英語圏で使われるだろうという想定をしながら作られた製品なので、会社はアメリカでコントロールしてやっていく方針だったそうなのですが、日本からのアクセスがとても多いということにある日気づき始めました。
その中でもユーザーブログから来ているものが多く、「これは一体なんだろう」と思い、本社の人たちはGoogle翻訳を使って全部読んでいたそうなんです。そうこうしているうちにシリコンバレーの日本人と仲良くなり、日本に行く機会ができ、EvernoteのCEOがユーザーとディナーをする機会を持ったそうです。
その時に聞いた日本ユーザーの使い方がすごくユニークで、また、想いの熱さに感動したそうなんです。そこからローカライズすることを約束し、すぐに日本法人を立ち上げましょうということで動いた……ということが日本語版と日本支社創設の発端でした。
では、日本でどんなことをやっているか。米国本社でもそうだったのですが、ほとんどプレスリリースを打たず、自社のサイト(ブログ)で行う情報発信を何よりも重視していました。なぜなら、ユーザーに直接情報を届けるということを第一義に考えていたからです。
ユーザーに直接届けるという事は、人から人へ情報が伝達していくという口コミの環境を醸成する第一歩です。本社でも日本でも、広告よりも口コミによるユーザー数の成長を意識して行っています。そうした中で自社ブログの役割は多くのユーザーへ情報を発信するベースになっています。
そこをベースにしながら、情報流通のチャネルとしてメールのニュースレターを送ったり、ソーシャルメディアに投稿したり、アプリ内に表示されるお知らせを活用したりしています。
そうした自社努力の発信をしているんですけれども、ユーザーによる情報発信に助けられたことが初期のサービス拡大にとっては大きく、ブロガーやインフルエンサーの方が使っていただいて、その方たちがブログやソーシャルメディアでどんどん発言するという流れで盛り上がりができました。
そしてインフルエンサーを通して広まりつつある中で、(今もやっているのですが)ユーザーさんと直接コミュニケーションを取る「ユーザーミートアップ」や、デベロッパーの方との「デベロッパーミートアップ」「ハッカソン」など、出来る限りコミュニケーションを取っていました。
そして情報発信の時に大切にしているのはメッセージングで、例えばウェブサイト、製品記事、ソーシャルメディアなどいろんなところに入れて伝えるようにしています。このメッセージングは、「製品にあなたにとってどのような価値を生むものか」ということを伝えるものなので、すごく大切です。またユーザーさんが「自分の事だな(自分のためのものだな)」と思ってもらうことも重視するようにもしています。
■広報効果測定のポイントは「記事の掲載数とその掲載場所」
日本での広報はどのようにやっているのか。先程のメッセージングで同じことが出てきましたが、ユーザーに直接届けて口コミを醸成するということを第一義にしているので、ターゲットの優先順位はユーザーなんですね。いわゆるマスコミと言われるメディアは実は(Evernoteでは)2番目です。
そもそも小規模のスタートアップだったので、スタッフが少ないということもあり、「自分たちでできることをインターネットというツールを使い、努力をしましょう」ということがEvernoteの特徴です。
まず、プレスリリースをほとんど出しません。また、仮にリリースを書く時も、記事のタイトルになるところは、そのまま記事に転用できるようなフレーズを入れ込むとか、冒頭の段落のところにまとめを入れる等をして気をつけるようにしています。
プレスリリースに相当するものはどこに記載しているかといいますと、自社のブログメディアです。このブログに掲載したものは、情報流通のチャネルとして、ユーザー向けのニュースレターやソーシャルメディアで流しています。
それから、メディア向けのお知らせメールも出すようにしており、ブログの記事に誘導するようにしています。
また先程申し上げた、ユーザーに直接情報やメッセージを届けるイベントも定期的に開催し、アメリカから役員やVPクラスが来たときの記者会見やユーザーとのイベント、インタビュー時に特に仕込みをするようにしています。
重複しますが、ユーザーへの直接発信を第一義にする理由は口コミの力が圧倒的に大きいのと、安定的にユーザー数が伸びていくからなんです。例えばテレビCMなどと比べるとなだらかな成長なんですが1年2年単位で見ると、ずっとじわじわと上がっていくユーザーの増え方をします。
それからユーザーの知りたい、使いたいという要望が潜在的にあるので、そういった意欲を盛り上げていくということは気をつけるようにしています。そういった口コミを醸成していき、記事の掲載があり、書籍の出版や対面イベントを通し、いろんなものが複合しながらブランドができていくのかなと思います。
そんな感じでいろいろと試しているのですが、今、現在チャレンジしているのは、「EvernoteBusiness」(企業向けのEvernote)という製品のユーザー会を立ち上げたいなと思い試行錯誤しています。
広報活動の効果測定は、これという正解は多分ないと思いますが、掲載数やPV数、流入数などいろいろ測れるものはあるのですが、実際に見ているのは記事の掲載数とその掲載場所ですね。
それからウェブの流入数とソーシャルメディアのリーチ数・エンゲージメント・シェア数を見てしています。ソーシャルメディアのほうではツールを使って見ています。
また去年の秋ぐらいから、アメリカの本社広報担当と相談して試みていたのですが、、重要な記者のリストを作り、その記者の各記事にあるEvernoteの紹介が自社の発信している基本メッセージとあっているかどうかをきちんと確認していくという測定の仕方です。
これは重要な記者が書いてくださっている記事を通して、Evernoteの中心のメッセージ(当時、メッセージが変わったばかりだったのです)を定性的に観察しています。
■コミュニティ運営においては特定の人とやり取りするようにする
Evernoteにとって1番大切なユーザーコミュニティの話をさせてください。ユーザーコミュニティはたくさんあるのですが、まずユーザーさんからアンバサダー、それから開発者、メディアの方、企業向け製品を売っていただいている販売代理店のパートナー企業など、これらが全部コミュニティというふうに捉えています。
コミュニティーマネジメントの目的としては、新規のユーザー獲得や自社チャネルを作ること、それからよき理解者を増やすことなどを目的に運営しています。
最近コミュニティマネージャーというものを皆さんよく聞くと思いますし、コミュニティマネージャーのイベントや集まりがよくあると思うですけれども、Evernoteにはコミュニティマネージャーという役職は実はいないんですね。
どこにいるかと言うと、全員がやっています。マーケティングの場合だとブログ・ソーシャルメディア・メール・アンバサダー・イベント・βテストといって、そうしたものを通して実際にユーザーさんとコミュニケーションをとります。
カスタマーサポートは、日々の業務でメールを通してやりとりをし、広報はマスコミ記事などを通してやっています。営業の場合は代理店さんや実際に導入していただいたお客様と交流することで、コミュニティ形成を行っています。
またそのコミュニティでは、フレンドリーに接するように話しているんですが、コミュニティの中心人物の方とやり取りをするようにしています。その中にいらっしゃる多くの方とつながりすぎないように注意しています。
それは仲良くするなと言うことではなくて、まずコミュニティには発起人のような方や、あるいは中心的な役割を果たしている方がいるので、その方を尊重するためです。コミュニティは力を持っていますから、サービス提供側は黒子でよく、コミュニティの自発的な力と運営者をサポートするべきたと思います。また、ユーザーのみなさんは製品へのフィードバックやバグ情報、改善要望などいろんなことを教えてくださいますが、その要望に対して過度にコミットしすぎないことも意外と重要です。
■アンバサダー制度では、アンバサダーへの真摯な返信が肝
最後に、アンバサダー制度というものがあるのですが、これは、Evernoteのヘビーユーザーの方に公式にEvernoteアンバサダーという肩書きをお渡しし、製品の普及やコミュニティの盛り上げのために公式に活動していただくというものです。
現状では15名のアンバサダーが日本の主要都市にいます。スタートしたのは2013年の4月で、条件は「情報発信を積極的に行っていただけること」、「情報発信の手段を持っていること」、「Evernoteのヘビーユーザーであること」、「コミュニケーションが上手であること」を念頭に置きました。
集め方は、まずはアンバサダーを意識せずに「ユーザー事例のインタビューをしたいです」と直接コンタクト取るんです。まずは取材ということで話をしてみて、使い方はどうか、どういう人となりか、適性や相性を確認しています。
アンバサダーに就任していただいて情報発信してもらうわけですが、ではEvernoteから彼らにできる事はなにか。たとえばメディア露出です。メディアの取材依頼もよく来るので、そういったところにアンバサダーの方も紹介するようにして彼らにとっての露出の場を作っています。メディアからしてみるとユーザーの声なので、実際の企業の当事者がやるよりも、彼らの話を聞いたほうが記事にしやすいので、そういったところも気にするようにしています。
アンバサダーはタダで動いてくれる広告塔ではありません。ユーザーコミュニティ代表なので、同じ対応を心がけていただければと思います。報酬ももちろん大事ですが、まずはコミュニケーションで返すことが大事です。
この間セキュリティカンファレンスで聞いたことで、なるほどと思ったことがありました。ウェブサイトやソフトウエアのバグを見つけて企業に報告し、報奨金をもらう人たちがいます。ある有名な報告者の方が言っていたんですが「バグを報告します。それで報奨金を20万30万貰います。それは自分にとっての報酬なんだけれども、まず企業さんに言いたいことがあります。報告者としては最悪お金がもらえなくても、1番やって欲しい事はこれなんです。バグを報告したら、まず返事をください。それを直してください。そしてそれが治ったことを教えてください。この3つが大事で、それがあれば最悪お金がなくても引き続き協力していくことができます。こういうのが、ホワイトハッカーにとって、とても重要なことなんです」ということを話されていて、アンバサダーやコミュニティマネジメントにとてもよく似ているなと思いました。
コミュニケーションや信頼関係は、「こういう風に行動しましたよ」とやりとりすることがとても重要なんです。ということで、いろいろと駆け足でしたが以上です。
GMO VP:ありがとうございました!
※この後は、Evernoteでのご経験に加え、フリーランスPRという稀有な立場で働き成果を出し続ける上野さんに対し、会場内では質疑応答タイムに移り、様々な質問が飛び交いました。なお、本文章では具体的な数値やケースなどは一部文章を割愛しております。