クラウド名刺管理を当たり前に

かつてない市場を開拓し続けるSansan寺田氏のビジョン

 

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日々様々な人と関係構築しているビジネスマンにとって欠かせないもの、それが「名刺」である。

その名刺を会社の資産として一括管理するための法人向けサービス「Sansan」に加え、個人向け名刺管理アプリ「Eight」を提供し、昨今ではTVCMに盛んに登場しているSansan株式会社であるが、同社が事業を立ち上げるまで、この巨大市場は顕在化していなかった。

 

GMO VenturePartnersは2009年6月時点で同社にシリーズA出資を行い、共に市場の立ち上がりを見届けてきた。今回の対談では、市場の見えない中でゼロから事業を立ち上げてきたSansan寺田社長の、今まで語られてこなかった心情を明らかにすることを試みる。

 (インタビュー日時:2014年8月)

 


 

GMO-VP宮坂(以下、宮坂):まず起業された経緯からお話頂ければと思うのですが、どうしてこの事業を始めるに至ったのでしょうか?

 

寺田社長(以下、寺田):起業するということはもともと決めていたのですが、事業内容に関しては自分自身がパッションを持って解決したいと思える課題であったり、実現したいと思える価値から考えました。Sansanの事業は名刺を管理するという一見何てことないテーマではありますが、自分の社会人人生が始まった時から感じていた課題でした。色々な起業のアイデアを考えながらも、なぜ名刺を管理するサービスの決定版がないんだろうという疑問は持ち続けていました。

一方で、事業の可能性を考えた時に、世界中で名刺は100億枚位流通している(1日に約3,000万枚、年間消費量では100億枚と言われる)と言われていました。名刺100億枚って言うと味気ないですけれど、それが意味するのは世界中のビジネスマンの人の流れ、100億回の出会いそのものですから、これは相当市場の奥行きがあるんじゃないかなと。自分自身の課題の解決と、世界的にビジネスが広がる可能性。その両者が見えたので、やろうと考えました。

 

宮坂:なるほど。で、今と比べ当時って、日本を見ても海外をみても、クラウドで名刺管理をするっていう文化は無かったとおもうのですよね。いわゆる市場が見えてない状態。ロジカルに考えればいけるかもしれないけれども、まだ似たようなサービスが無いっていう中で、事業を進められたのは何が大きいと思いますか?

 

寺田:一番大きいのはやっぱり自分の肌感覚ですね。僕は前職が商社だったので、「どのマーケットのどのくらいの人数がいるからこれを売りましょう」みたいな話をしていました。それって市場が出来ているところでは意味のある議論ですけど、まだ顕在化してないものだと、ほとんど意味がないですよね。そうすると、「俺だったら使う」か、とか「俺が欲しいから」みたいな、一見すると独りよがりなんだけれども、そういう確信は新しいサービスをつくるうえで大切だと思います

 

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宮坂:その時に、当時は創業のチームメンバーとか、外部の協力者が必要じゃないですか。人的にも、資金的にも、苦労は無かったのですか?

 

寺田:なんだかんだ1年以上準備をかけていましたが、労力も使いましたし、努力もしましたね。特に創業メンバーは、数を揃えるのではなく、必要な役割に対してベストと思える人材を集めるようにしました。

まず最初に当時オラクルにいた富岡(取締役・Sansan事業部長)と一緒にやろうという話になって。僕と富岡は営業系の人間でものづくりができないので、技術系が必要だと。そうすると前職の三井物産時代に仕事をした塩見(取締役・Eight事業部長)が適任だった。そしてSansanのサービスモデルでは人力で名刺入力をしますので、データ入力センター運営が必要になり、テレマーケティング業界にいた同級生の角川(取締役・人事部長兼広報部長)に声をかけました。さらにエンジニアは一人じゃ足りないと言う話になって、塩見が優秀だと思う技術者のリストを作ってもらい、一番先に名前が挙がった常楽(取締役・オペレーション本部長兼CIO)を誘ったという流れですね。

 

宮坂:資金はどうされたんですか?

 

寺田:資金は、最初手金ですよね。親から借りたりしながら(笑)、創業資金はメンバーで賄って。

 

宮坂:創業直後、マーケットが潜在的なものだと、営業しても反応が鈍かったり、資金調達やメンバー集めにも苦労されたと思いますが、いかがでしょうか?

 

寺田:今と比べればはるかに潜在的なマーケットでしたので、当時の取引先にはビジョンを買ってもらっていた感があります。当然ながら私も毎日営業に回っていました。でもビジョンを買ってもらうと言いつつ、「名刺管理困ってませんか?」っていうシンプルな問いにはほぼ殆どの人がイエスなわけです。

 

宮坂:なるほど。

 

寺田:初期のユーザーは、VCさんに営業先を紹介頂きつつ、そういう共感を通じて導入を決めて頂いてきました。そうしてある程度事例ができると、僕の営業での語りも説得力を増すじゃないですか。「みんな名刺管理には困ってますよ」「確かに…」と。当時VCさん自身にも結構使ってもらっていたんです、サービス自体を。VCというのは人といっぱい会う職業で、人脈を活かし価値をどう生み出していくかっていう部分が非常にクリティカルな業態なので。

 

宮坂:そうですね(笑)

 

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寺田:VCさんの初期における顧客割合って大きかったので、自ずとユーザーとしての接点が生まれていて「プロダクトのあの部分がかくかくしかじかなんですよね、使って頂いているのでわかると思うんですけれども」という形で説明もスムーズでした。

 

宮坂:なるほど。マーケティングに関して質問ですが、今はもうTVCMもされて、かなりマスの方にアプローチされていると思うのですが、最初の紹介者経由での顧客開拓から、どうやってマスへと転換したのでしょうか?

 

寺田:正直、試行錯誤の連続ですね。最初は本当に知り合いを伝って。それこそGMO-VPさんにも、投資いただく前から本当にお世話になりました。これは結構重要なポイントだと思っていて、アーリーステージの段階では「議論とかしてる前にお客さんを探さなきゃいけない」という感じなので、そこで入ってもらうVCさんは本当に一緒に汗を流してくれるかっていうのは非常に肝要ですね。特にB2Bだと。それでそういう投資家さんや知り合いを中心とした紹介、みたいなフェーズから、だんだんとマーケティングで拡大するフェーズに入りました。一時期ポートフォリオプッシュみたいなこともしてましたが、効率が悪かったので、プル戦略に集中したり。その際に村松さん(GMO-VPパートナー)から色々と、例えばWeb広告のバナーの解像度とかかなり細かい話を伺って、「なるほど、こういうレベルの人がこれぐらい細かく見てPDCAを回していくんだな」っていう気付きがあったのを思い出します。そこから僕自身が細かくPDCAを回しながら、プルのマーケティングを立ち上げていきました。

そして次のフェーズはもっと非連続な打ち手が必要でした。それまでの施策で順調に伸びてはいましたが、このままのスピードで進めていたら、この巨大なマーケットのポテンシャルにとてもじゃないけど、追いつかない。それでマス広告の検討に至りました。一見なんとなく考えたように見えますが、色々計算してみても我々が売っている商品のライフタイムバリューを考えれば十分成り立つジャッジだったんですね。今は我々のマーケティングの一つの施策として普通に候補に入るようになりました。

 

宮坂:なるほど。会社として使ったことのない額の金額を遣う判断って、特にB2Bやられてた会社さんだと、大きいジャッジメントだと思うんですけれど、リスクはどう考えていましたか?

 

寺田:定量的な話と定性的な話があると思っていて、まず定量的には、大したリスクじゃないと思ったんです。前述の通り、理論上はじき出された数字が大したことない、大丈夫だろうと感じましたし。

 

宮坂:なるほど。それまでの営業経験とか、お客さんを回ってきた感覚の中での経験ですか?

 

寺田:そうですね。また、定性的にはとるべきリスクだなと感じました。なぜかって言うと、我々のビジョンは、名刺管理は当たり前の世界にすることだからです。誰も便利なんて言わない。今どき携帯取り出してこれ便利なんですよ、なんて言わないじゃないですか(笑)。誰も便利なんて言わないってところまで行って初めてビジョンを達成したと言えると思っているわけです。そこから考えたら、自分たちのやってきたことは亀の歩み。この亀の歩みを続けていくのはもうリスクでしかないなと。

 

宮坂:なるほど。

 

寺田:そこで取らなきゃいけないリスクって、この亀の歩みを、少なくとも非連続に、もうちょっと持ち上げてくれる一手でしか無くて。そういう意味ではそれって採るべきリスクだなと定性的に思いましたし、定量的には大したこと無いなと。その両面で言うと、そこまで博打を打った感覚ではなく、極めて合理的なジャッジだったなと感じます。

 

宮坂:そういった中で、Eightのプロダクトをローンチされたわけですが、それはこの、B2BからB2Cへの転換やビジョン含め、どういう構想の中で行われたものなのですか?

 

寺田:「名刺管理って昔、紙でやってたらしいよ。」「まじで?」っていう世界を本気で作るとしたら、B2Bのプロダクトだけだと絶対届かない領域があるなと、市場と向き合っていくなかで感じました。

もう一つは、名刺のもつポテンシャルとして、管理する対象としての存在に加えて、ビジネスの出会いの証とか、人の交流とか、ソーシャルな側面に光を当てた価値の作り方ができるんじゃないかと。

さっきの話じゃないですけれども、自分が使ったことのないお金を使うリスクっていうのは近視眼的に見ると恐ろしいことですけど、ビジョンを達成するためにはって考えたら、やらないことのほうがリスクに感じました。

 

宮坂:今までで一番経営者として辛かった意思決定であるとか、辛かった局面っていうのはどういったところなんですか?

 

寺田:ポイントポイントで辛かったとかではなくて、ずっと常に戦ってるのは、掲げたビジョンに対して今の自分たちに足りないことをどう乗り越えていくか、というところですね。創業以来、クラウドで名刺を管理しましょう、組織で共有しましょうという啓蒙にはじまり、それは時にEightを無料で提供するという判断だったり、時にTVCMを打つという判断だったり、具体的な施策にもなっていくわけですけど。「目指すビジョンと現状とのギャップ」というのは常に突き付けられて、それと戦っている感覚ですね。

 

宮坂:なるほどですね。今、起業する方どんどん増えていて、でかつ資金もつきやすくなってるんですけど、そこの時にそのスタートまだされていない方、これからされる方に対してはどういうようなアドバイスを。例えば3つお願いするとしたら、どうなりますか?

 

寺田:一つ間違いないのは、個人的には、他人事でなく自分事にできるテーマを選んだほうがいいとは思います。優秀な経営者はみんな自分事として考えていますよね。ゲーム好きじゃなくてもゲームで起業したらゲームをちゃんと好きになる、とか。最初から自分事である方がなお良いです。じゃないと続かないし、迫力が出ないし。人と話すとき、商社マンみたいになっちゃいますからね。「このマーケットで、このサービスがきてる…らしいですよ、よくわかんないですけど。」みたいな(笑)。そういうのって、なんかしょうもないじゃないですか、ベンチャーなのに。

 

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寺田:2つ目としては、自分が、最終的に創りあげたいもの。これはえてして、創業前にはわからないかもしれない。僕も創業するまでハッキリ分からなかったんで。

 

ただ、分からなくても、向き合うべき問いとして考えた方がいいのは「すごい会社を作りたいのか、すごい価値を作りたいのか」という部分。結構これって、「仕事と私どっちとるの?」ぐらい、くだらない質問にみえて結構クリティカルなんですよ(笑)。

日本で経営というと、すごい会社をつくることを目指している印象がありますよね。一方で、US系のベンチャー企業って全く逆というか、プロジェクト感満載ですよね。「この課題を解決する!」「こういう価値作るんだ!」「俺が世界変えるんだ!」って。

そう言うと「いや、すごい価値作るためにいい会社必要じゃん。いい会社作るためにすごい価値が必要じゃん。当たり前でしょう」と思いますよね。もちろん両立させたいんだけど、実際の意思決定の場面では会社と価値のどっちを重要視するかで判断が分かれることも多い。

僕自身は、すごい会社じゃなくてすごい価値をつくるんだ、と意識しています。だから会社はある種ビジョンを実現する手段だと、社員にもそう言ってます。いい会社であったほうがいいけど、それは目的でもなんでもない。すぐ誤魔化したくなるし、両方やりたくなっちゃうわけですよ、あれもこれもっていう風に。だけど、それでは弱い。

「僕らがいなかったら誰も使っていないであろう“名刺管理サービス”を、世の中に当たり前になるくらい広めるんだ」という価値を目指していても、それは事業として成立しなきゃいけないし、事業を営むためにはいい会社が必要。会社・事業・価値の3軸は相互に依存していますが、本当に重きを置いているのは何なのか、常に向き合うことが必要かなと思います。

 

宮坂:あの、市場ってどう考えるかという話が結構あると思うんですが、マーケットが全てを決めるっていう、マーケット論者的な人もいれば、それよりも自分の信念とかプロダクトとかチームが重要だっていう人もいますが、寺田さんはマーケットってどう考えるべきだと思いますか?

 

寺田:なるほど、ではそれを3つ目にしましょう。これは風を読むか、風を作るかみたいな話だと思うんですけど。マーケットって非常に重要ですよね。僕らもよく言うのは、「流れを追うか、流れを作るか」という話。これって、どっちがいいかっていう議論じゃないし、ゼロイチみたいな話でも無いんですけど、自分がやろうとしているのがどっちかぐらいの自覚はもったほうがいいかなと思います。今からこの市場がくると思うからやるのか、こういう市場を創るんだと思ってやるのかって、結構違う。どっちに軸足を置いても結局どっちもやりますけど。風を掴んだ方が、成長が早いし、ダイナミックなゲームが出来たりしますよね。一方、風を起こすなんて言うのはかっこいいけど、すごいニッチな小さなプレイイングになる場合もあるし、そもそも立ち上がらない場合も多くて、リスクは高い。

まあ、それはどっちがわくわくするかみたいな話ですよね。Sansanは、後者です。

 

宮坂:分かりました。後これから投資を受ける方に対し、投資家選びにおいて、重要なこと大切なこと、ありますでしょうか?

 

寺田:定性的にジャッジすることでしょうか。この数年で起業環境はだいぶ変わっていますし、いいか悪いかは抜きにして、お金はコモディティ的になりつつありますよね。特に本当に力のある会社であればあるほど、お金はコモディティだと思うんです。だからといってコモディティ比較で、定量的ジャッジをしてしまうのは良くなくて。定性的に、覚悟を持って決めた方がいい。「本当にこの人達とやりたいか」とか、「この人達が我々の成長をレバレッジしてくれるか」とか、そういう目線。

 

後は、特にジュニアな起業家たちの場合ですが、目の前の相手が世の中を知っているという前提は持たないほうがいい(笑)。相手の方がマーケットのことを知っているような誤解は取っ払って、イコールなディスカッションパートナーという目線で話し合った時に、何が自分で気付けるか。教えてもらうとかではなくて、自分にどういう気付きをもたらしてもらえるかっていう観点で見たほうがいいかなと言う気もしますね。

 

またアーリーフェーズだとかなり重要だと思うのは、先程も言ったように、本当に一緒に汗をかいてくれるかどうか。もちろん投資家は100%のコミットを期待すべき相手ではないけれど、時間が限られたなかでもその辺は見たほうがいいかなと思いますけどね。

 

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宮坂:最後に、Sansanは今、山で言うと何合目くらいですか?

 

寺田:いま一合目ぐらいですかね。本気で一合目だと思ってます。しかも十合目がどこにあるのかもわからないです。ただ、やるべきことは見えていて、もちろん今のままじゃ行けないけれども、確実に頂上に向かっている感覚は、自分に嘘つかずにやれているので…。まだまだ試行錯誤の連続ですね。

 

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GMO-VP:寺田社長、貴重なお時間を頂き、有難うございます!